災害救援


 ■国内の救援活動

■海外の救援活動 ≪ニュージーランド支援活動について≫

2月1日のブログ、またNVNADニュース90号でもお知らせさせて頂いたニュージーランド、クライストチャーチの様子をもう少し詳しくお伝えしようと思います。

 

昨年2月22日の地震以降、私たちNVNADにはクライストチャーチのために日本全国から多くの募金が集まりました。約111万円、NZドルにして約17000ドルです。お預かりした大切なお金をどの団体に託すかは大事な問題です。被災者の方々のために充実した活動をしていること、政府や赤十字などの大きい団体ではなく、被災者の顔の見えるような活動をしていること、どのような活動にお金が使われたかを報告してもらえることなどを基準に、Rebuild Christchurchというボランティア団体を選びました。

1月21日(土)、Rebuild Christchurch代表のDeon Swiggsさん、市会議員のGlenn Livingstoneさん、奥様でもあり団体の議長をされているAnthea Livingstoneさん、ボランティアのコーディネーターを担当されているWendy Davieさんが迎えに来て下さり、市内を案内して下さいました。まず向かったのは市内中心部のRed Zone、立ち入り禁止区域の周辺です。Red Zoneは昨年2月以来徐々に縮小はされているものの、いまだなくなってはいません。大聖堂や主要なホテルなどはほとんどこの区域内にありますが、解体などの作業をされている方以外は立ち入ることができません。フェンス越しに内側をのぞくと、被害を受けた多くの建物がそのまま取り残されているのが見え、地震前までは一番高い建物であったホテルGrand Chancellorが途中まで解体されているのも見えました。11ヶ月たってまだ建物がそのまま残されているのに少し驚いて尋ねると、保険申請のために建物の審査が終わらないと手をつけられないこと、その作業が一息つくようなタイミングで大きい余震(6月、12月)があったためなかなか先に進まないと教えて下さいました。[写真1,2,3]

私はクライストチャーチには数度しか訪れたことはなく、以前の様子をよく覚えている訳ではなかったのですが、明らかに高い建物が減り、空間が広くなったような感じは受けました。Red Zoneの外も、建物の建て直しはあまり進んでおらず、駐車場として使われている場所が目立ちました。有名な路面電車も震災以降一度も走っていません。ただ明るい兆しも見られました。カラフルなコンテナを使ってカフェやお店を作り、イベントなども行っているようです。21日当日もイベントがあり人が集まっていました。このコンテナは地元の靴屋さんのアイディアだそうです。[写真4,5,6]

そこで国会議員の方とお会いすることになり、この時の様子が地元の新聞に載りました。左から、Glennさん、Deonさん、議員のNicky Wagnerさん、谷渕、Antheaさんです。[写真7]近くには、地震のあった時からそのままになっているレストランもありました。地震があったのは午後12:51、多くの方が昼食中だったことと思います。グラスやお皿が散乱している様子がガラス越しに見えました。ここは立ち入り禁止地域ではありませんが、オーナーの都合なのかそのまま放置されているようです。[写真8,9]大聖堂はRed Zoneの中ほどにあり、近くに行くことはできませんでした。クライストチャーチのシンボルでもある大聖堂は大きな被害を受け、塔も壊れてしまっています。再建するにも補修するにもかなりの費用がかかるため検討が続けられていましたが、先日取り壊しが発表されました。日本人の方が多く犠牲になったCTV(カンタベリーテレビ)ビルの跡地にも行きました。まだ立ち入ることはできませんがフェンス越しに更地になっているのが見えました。フェンスには花やメッセージがたくさん飾られていました。[写真10,11,12] CTVビルのはす向かいにあった教会もなくなっていました。[写真13] 市内では多くの建物がなくなってしまったため、地元の人でも道がわかりにくくなってしまったとお話しして下さいました。[写真14]

中心部を見た後は郊外に向かいました。まずは南側です。Rebuild Christchurchが支援しているGap Fillerという活動で、空き地となった場所にアート作品を作り、地元の人も観光局にも魅力のある町にしようというものです。これはチェスの盤で、左側の箱の中に駒が入っています。元々大聖堂の前の広場にあったものをモデルにしているようです。他にもいくつかのアートを見せて頂きました。[写真15,16]

そこからは被害の大きい町の東側に行きました。町の中心部と海との間の地域で、元々あまり丈夫な土壌ではなかったようです。くねくねと流れるエイボン川の周辺は特に被害がひどく、土地が川の水面より低くなったために郊外版のRed Zoneに指定されていました。市中心部のRed Zoneとは違って、現在は立ち入りや居住が可能、しかし将来的に建物を建てないということが決まった地域ということだそうです。多くの方がすでに引っ越していますが、経済的な事情などからまだ不便なまま住み続けておられる方もいるそうで、その方達の引っ越しの支援のためにNVNADからの募金が使われることになっています。上水を整備し直すこともないので太いホースが必要なところに配置され、簡易トイレが所々に設置されていました。[写真17,18,19]

同じく東側のBexleyという地域にお住まいの国会議員Lianne Dalzielさんにもお会いしました。傾いたご自宅を見せて下さいました。リビングの床、暖炉が完全に傾いていました。ドアも開きにくくなったそうです。Lianneさんに近くを案内して頂きました。庭に大きな割れ目のできてしまったお家や、地盤の沈下に加えて液状化で噴出した砂が堆積して地表がかなり高くなったところも多くありました。158cmの私でも軒に手が届くような高さです。家の中をのぞいてみると、家の床を突き破って噴出した砂がたまっているところも多く見られました。砂はビーチのようなさらさらの砂でした。[写真20,21,22,23,24]

夕方にはGlennさんとAntheaさんのご自宅で夕食をごちそうになり、それぞれの復興の様子などを話し合うことができました。日本の震災のことも気にかけていて下さり、自分の国が大変な時にNZのことを考えてくれているということに感激していると言われました。NVNADからは日本と東北の写真のカレンダーと地元西宮のお菓子をお渡しし、先方からは地元警察の方が救助活動中被災地を撮ったという写真集をプレゼントして頂きました。これからも交流を深めていきたいと思っています。[写真25]

後日また連絡を頂き、募金の中からAddingtonという地域の支援のために5000ドルを使ったということでした。元々豊かでない地域の上に震災での被害があったために問題が大きい地域だそうです。がれき撤去や食料の配布、壊れた家の修繕などに使われるとのことです。

2012年2月22日、地震から1年がたちました。まだ先は長いと言えそうですが、復興に向けて少しずつ進んでいることは確かなようです。日本からの支援が目に見える形で役立つこと、同じ被災国からの暖かいメッセージとして受け取って頂けたことを本当に嬉しく思いました。募金をして下さった皆様、どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 

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